2009年08月22日

深い暗闇の中で。

ご無沙汰です。
たかママは元気です!と言いたいとこだけど、
まだまだ気持ちの切り替えができなくて、
出口の見えないトンネルに差しかかってしまったような状態です。

たかがいなくなり、最初のうちは生活のリズムが全然つかめませんでした。
朝いつもと同じ時間に起きても、たかにごはんをあげることもなければ、
おしっこの後のびしょびしょの体を洗うこともう○ちを片付けることなく、
当然時間が余る。
仕事が終わると、今までは少しでも早く帰りたい一心で、
混んでるエスカレータは使わず駅の階段を上り下りしたり、
電車の乗り継ぎを気にしてダッシュしたり、
どんなに疲れて座って帰りたくても、
すいてる各停ではなくて満員の急行電車に乗る、というのが日課だったけど、
もう急いで帰る必要もなくなった。
毎日のようにスーパーに行ってたかのごはんの材料を買ってたけど、
ごはんを作ることがない今はもう足を運ぶこともほとんどない。
洗濯の量もゴミの量も極端に減り、
ひとりだとすることがないから部屋の掃除をしてみるけど、
ひとりの生活ではそう部屋も汚れるもんでもなくて、
気づくとたかの遺骨の前でしゃがみ込んで呆然としたりして。

時間を持て余すということが、こんなにつらくしんどいことだとは思わなかった。
この数ヶ月はとにかくたか中心の生活だったから、
そんな日常がある日突然消えてしまったことがとても空しくて。
当然食欲もないし、そのうち頭痛や胃痛にも悩まされ、
とにかくだるくて仕事の往復だけで精一杯の毎日。
ムリして食べると気持ち悪くなったり吐いてしまったり、何もやる気が起きない。
たったひとりのかけがえのない家族を失う悲しみ。
脱力感とはこういうことを言うんだなぁ・・・と改めて感じました。

あれから数週間が経ち、少しは私もマシになってきていますが、
やっぱり仕事から帰宅してたかがいないのはつらいです。
毎日たかに話しかけても、たかはいつも無言。
そんなひとりの生活に違和感があって。
先日、久々にスーパーへ立ち寄ったときにふと安売りのキャベツや大根を目にし、
一瞬「あ、買っとかなきゃ」と思ったのだけど、「あ、違う、もういらないんだ」と
我に返る自分がいました。
仕事から早く帰ろうする癖も抜け切れず、急いで歩いててふと
「あ、別に急いで帰らなくていいんだ」と急に足取りが重くなることもあります。
自分の中で、未だにたかの死を受け入れたくないって思ってるのか、、
こんなふうにときどき混乱しちゃうんです。
まだどこかでたかが生きていてくれているような気がして。
突然しっぽをブンブン振って私の元に寄りついてきてくれそうな気がして。
日に何度も何度もたかの写真を眺めたり、携帯に入っている動画を見たりしてると、
その思いがなかなか絶てない。
たかはもういないんだ、ということを認めたくないんだけど、
でも現実を受けれなくちゃと思う自分もいて、葛藤の連続。
そして、時間の経過と共に、少しずつたかの記憶が薄れていくことにも
自分で自分に苛立ちを覚えます。
たかがいなくなってから、実はまだ一度も自分の布団で寝れてません。
涙しない日もありません。
ボーっとしてると、仕事中でさえ涙がポロンとこぼれちゃう。。。
そんな状況です。

こういう精神的に不安定なときって、ちょっと被害妄想っぽくなったりしませんか?
楽しそうな人たちをひがんだり、自分のことを卑下したり。
私もまさにそのタイプなのだけど、そういう私に厳しいことを言う人たちもいました。
同情してもらって当たり前、気をつかってもらって当然という考え方はあまりに幼い、
ひがむのも視野狭窄だとか、
悲しみから立ち上がろうと努力してる人には優しい言葉をかけてあげられるけど、
そこにいつまでも踏みとどまってる人には何もしてやれない、とか。

正論です。
間違ってはいないと思います。
少しでも私に元気になってもらいたい、と思って言ってくれてるのもわかります。
でも、それは自分でも十分わかってるし、
どうしていいかわからないからこれだけ苦しんでるんです。
ただ話を聞いてほしかった。
「そうだよね、そう思うよね」みたいに私の味方をしてほしかった。
それなのに、頭ごなしに否定されるとさすがにめげます。
今までだったら、「私にはたかがいるからいいもんっ」ってすぐに傷も癒えたけど、
それができなくなった今、周りによき理解者がいないことも私にはかなりの打撃でした。
もちろん、ブログを通じて知り合った皆さんにはたくさん温かいメールを頂き、
それはそれでほんとに救われているしすごくありがたいのですが、
毎日生活しているとなると、現実は厳しいもんです。

ペットロスの本で、現実逃避ではないけど、
最近ペットロスの本を読んでいます。
今はちょっとしたバイブル的な存在(笑)。
どの本も、ほんとに涙が出ます。
こんなにも気持ちを理解してくれる人がいるんだなって思うとほっとして。
それに、ペットロスの人に言ってはいけないタブーな言葉とか、
こんなことを言われたら傷つくのも当然です、みたいなことも書いてあり、
被害妄想じゃなくてそう感じる人もたくさんいるんだなぁってことに元気づけられました。
同じ体験をした人でしかわからない。
同じ経験をしてもすぐに立ち直れる人もいるし、そうでない人もいる。
悲しみがいい思い出に変わるまでの時間は人それぞれ。
それでいいんだよねって、最近ようやく思えるようになってきました。

今はまだ、先が見えない暗闇の中をゆっくり歩いていくしかないけど、
そのうち私にも明かりが差してくれる日が来ることを祈って、
それまではこの試練ときちんと向き合っていかなくては、と思ってます。
今はまだたかの苦しんでる姿しか思い浮かばないけど、
いつか楽しい思い出が甦って、笑いながらたかの話ができる日を楽しみにして。。。

さて、おまけですが、
「ありがとう。また逢えるよね。ペットロス心の相談室」
という本のまえがきを一部抜粋しました。
よかったら読んでみてくださいね。

***********************

ペットは人と姿が異なる為に軽く扱われることがあり、
愛するペットを喪う悲しみや辛さを人に理解されなかったり、
自分にとってかけがないのない者であるのに扱いや応対がおろそかであったりして、
この時ほど人の何気ない一言や行動に心を傷つけられ辛い思いをされたことはないでしょう。

がまんしないで涙していいのですよ。

あなたは、見た目の違いや言葉の違いという大きなものを乗り越えて、
心と心で愛情を分かち合い、一緒に過ごすことで日々の幸せを育み、
時には側にいるだけで支えられ、励まされ、助けられ、
どんなにか心癒されたことでしょう。

あなたと出逢い、ペットたちは「一匹」から「ひとり」になったはずです。
名前をつけてもらい、"うちの家族""うちの子"と言われるように、家族にとって、
あなたにとって、かけがえのない者としていつも側に居てくれていたことでしょう。

あなたをじっと見つめ、あなたの言葉に耳を澄まし、いつもあなたを喜んで出迎え、
そしてつぶらな瞳で見送り、いつもあなたに関心を寄せてくれて、
いつの間にかあなたにとって大事な「ひとり」となり、一緒にいることが当たり前の
素敵な間柄となって豊かな時間を共に過ごしてきたことででしょう。
そうして、お互いに垣根を越えた素敵な人生のパートナーとなりましたよね。

それだけ大切な者を喪ったのですから、
悲しいのも苦しいのも人として当たり前のことです。
ペットだから、動物だから、というような姿の違いには関係なく、
悲しみは人の抱く気持ちですから、泣いても苦しんでもおかしなことではありません。

あなたとペットとの間には確かな愛があり、恥ずべくことでも隠すべくことでもなく、
誇らしいものであり素敵なものなのですから、素直なままに涙していいのですよ。

この悲しみは愛する者にしかできないもので、他の誰にも代わることはできません。
愛する者への涙は素敵なものです。
あなたに与えられた大切なものですから、
いっぱい涙して少しずつ受け止めてください。

あなたに出逢うペットたちは、天から素敵な命の時間を授かって、
あなたに逢うべく愛らしい姿を借りてやってきたのです。
「あなたに逢いたくて」
「あなたと一緒に暮らしたくて」
あなたと一緒に過ごした日々には時間では計れない豊かな幸せがあり、
一緒に歩んできた人生は死によって否定されるものではありません。
ペットたちは、一緒に暮らしている時だってあなたの心を見透かしていたように、命の
姿が変わり仏さまとなっては、あなたのその思いをちゃんと分ってくれているのです。
そのままのあなたを愛し許してくれておりますし、
今もあなたを見守ってくれているのですから、そんなに自分を責めないでください。
ペットが愛しているあなたをあなた自身が傷つけないでください。

ペットたちはあなたを悲しませるため、また苦しませるために亡くなったわけではなく、
あなたと一緒にいることが幸せだったから、命の尽きる時まで側にいてくれたのです。
あなたと生涯を添い遂げたのですよ。
ですから、先立ったペットたちに送る言葉としては、
"ごめんね"よりも"ありがとう"のほうがお似合いです。
あなたにも"ありがとう"と言ってるはずですよ。


***********************

こちらのサイトを運営されているお坊さんの本ですが、かなり泣けます。

posted by たかママ at 15:16| Comment(10) | TrackBack(0) | ママの日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
たかママさんこんにちは^^

涙が出なくなるのはまだまだ先。時間だけが知っています。
それまでは涙が出たってたかくんの話をいっぱいいっぱい
しましょう。言葉にして思い出を語りましょう。
そうすれば時間も早く流れていきます。
私のときももちろんそうでした。母が進之助の話をすると
『やめて!』って泣いていました。
写真や動画を見るのも『まだ見たくない!』って拒んでいたんです。
私もペットロスの本読みました。周りにわかってくれる人が
いるだけで、話をただ聞いてくれるだけでいいんですよね!
でも母のように話すことすら拒んでしまうとなかなかペットロスを
抜け出すことはできないのです。
だからたかママさんにはたくさんたかくんのことを話して欲しいんです。
泣いたっていいからたかくんが最初にたかママさんと会った時の事、
引っ越してたかくんがいなくなって前の部屋に帰ってしまったときのこと、
舌を失った後飲めないと思っていた水を頑張って飲んだ時のこと
いっぱい話して欲しいんです。身近に話をきいてくれる人が
なかなかいないかもしれないけれど・・・
仕事のない日はお母さんのところに帰ったり、たかママさんのところに
お母さんが来てくれるといいなって思います。

あっ・・・たかママさんに謝らなくちゃって思っていたことがあります。
たかくんがご飯を食べなくなった時、コメントで『鼻につけると
舐めて食べてくれますよ』って書いた時、たかくんの舌のことを
知っているのに無神経なことを書いてしまってゴメンなさい!
Posted by kiyomik at 2009年08月22日 16:13
本当の事云うと・・・
私こそタクヤを亡くしていつまでも悲しみを引きずっています最愛の息子ですから
確かにプリンが居ますから癒されていますが
タクヤとは違いますしタクヤの代わりにはなりません
勿論プリンの事は可愛いし愛おしいですが
いつも話しているようにタクヤの事は心の中に
いや今でも遺骨を抱き締めて想い浸っていますよ
それを人がどの様に云おうと感じようと人の考えで
私の感じることとは違うのですから
そのまま無理に時間の経過を待つ必要も悲しみから逃げたり思い悩む事もないのでは
自分に素直に心の感じるままにたか君の事を想い浸って良いのでは無理に悲しみを思い出に変える事もないのでは・・・と 自分にも云っています
「ペットロス」って言葉には抵抗があります
私にとってはタクヤはペットでは無いのですから
勿論プリンもペットでは無いのです
「大切な大事な家族」なのですから
たか君もたかママにとって「ペット」では無く
私が感じる以上に「大切な大事なかけがいの無い家族」
だから深い悲しみに沈み深い暗闇の中を歩くのも解ります・・・
私はPCのスクリーンセーバーはタクヤとプリンの思い出の写真をいつも流して想いにふけっていますよ
無理に忘れようとか切り替えようとせずにそのまま
自分の感じるままに受け止めています
たかママも決して無理することなく
たか君の遺骨を抱き締めたり写真や動画を観て
ゆっくりと前に進めば良いのでは・・・
多くの同じような悲しみを感じてる友達と想いを同じようにしてたか君を心と心を同化して下さいね
いつでもメールは開けていますから・・・
Posted by キャラメルお父さん at 2009年08月24日 00:08
たかママさん体調の方はどうですか?
今家ではプーちゃんのお骨を土に帰す準備しています。
母がどうしても家に置いておきたかったみたいですが
なんか急に決心がついたらしく・・
今父が庭に穴を空けています。
庭と言っても線路の土手なんですけどね。
たかママさんに掛ける言葉がみつからないけど
まだまだ時間がかかりますよね。
分かります。

ところでブログ引っ越しました。
これからもよろしくです。
Posted by あき at 2009年08月25日 15:56
たかママさんこんばんは。

たかママさん涙していいのですよ。
私も今だにスヌーピーの事を思い出して涙してしまうことがあります。でもね、これって飼い主以外誰にもわからない大切な時間だと私は思っています。
大切な家族になって長いようで短い時間を一緒に過ごせた家族の事を思い出して涙しても全然不思議な事ではないと思います。自然な事ですものね。
たかママさんもたかちゃんとの思い出をたくさん話して下さい。人が何と言っても気にしてはダメです。
何でもすぐ割り切れる人ばかりではないのですから。
私はそんなにすぐに割り切れなくてよいと思っています。たかママさん、時間はたくさんあります。たかちゃんの事たくさん思い出してあげてほしいです。そして、涙してもいいんですよ。
でも、ママさんが体調を崩してしまうことはたかちゃんが一番心配していると思います。体調だけは気をつけて下さいね。
いろんな人がいますが、ブログで知り合えて人達はみ〜んなたかママさんの事を心配しています。
たかちゃんとママさんはみ〜んなが大切に思っていますからね。
ゆっくり時間かかっていいと思います。たくさんたかちゃんの話が出来るようになったら話ましょうね。
その時は一緒に泣きましょう。涙してもおかしくないことです。
近くにいないけど、ママさんの事もいつも気にかけている仲間がブログを通してたくさんいますからね。
泣きたいときは思いっきり泣きましょう。


体調だけは本当に気をつけて・・・。
Posted by snoobles at 2009年08月28日 20:45
たかママさんが紹介して下さった本の前書きの
部分はとても心に響きました。
「あなたを悲しませるため、また苦しませる
ために亡くなったのではなく〜あなたと生涯を
添い遂げたのですよ」の三行のところです。
ごめんねではなく、ありがとう、なんですね。
解ってはいるけれど私もずっと「ごめんね」と
言ってました。
たかママさん、たかママさんの気持ち痛いほど
通じますからね。私もペットロスのサイトを
よく見てました。「思い出」という言葉にも
抵抗がありましたから。。。
Posted by さっちー at 2009年08月29日 16:28
**kiyomikさん

ありがとう・・・コメント読んで号泣しちゃいました。
私の場合、たかの話をする相手がいないから、
どうしても自分の殻に閉じこもりがちで。
母はたかとは1ヶ月半の付き合いだったしその思い出しかないしね。
だから今は本が友達みたいになってくれてます。
誰か黙って聞いてくれる人がいてくれればいいんだけどね(笑)
コメントのこと、全然気にしてないのでだいじょうぶです。
こちらこそわざわざ気を遣ってもらってごめんね(ToT)
Posted by たかママ at 2009年08月31日 00:23
**キャラメルさん

ありがとうございます。
私も周りのことは気にしないことにしました。
でないと、ほんとに押しつぶされそうになるので。
ペットロスは、こういうものだというのを世間に
広めるにはいい言葉だと思いますよ。
本にも書いてありますが、人間の家族とはまた違う絆
が生まれるのがペットの存在であって、失ったときの
悲しみは親や兄弟を失ったときのものとは全く別物だと。
確かに言葉では表現できないですからね。
ペットを飼ったことのない人には想像もできないでしょうね。
Posted by たかママ at 2009年08月31日 00:24
**あきさん

体調はずっとイマイチですけど、まぁ何とか食事は取るようにしてます。
プーちゃんは土に帰ったのですか?
決断がつらいですよね。
でも、私も自分のためにもたかのためにもたかをお墓に入れてあげたほうがいいのかな、と最近思い始めています。
ブログ、落ち着いたら遊びに行きますね。
Posted by たかママ at 2009年08月31日 00:25
**snooblesさん

ありがとうございます。
そうですよね、他の人には決して理解できない気持ちですよね。
今はどうしてもいやな思い出ばかりが頭をよぎるので、
毎日すごく悲しかったりせつなかったりしますが、
そのうち楽しかったことを思い出せるようになりますよね。
いつも心配ありがとうございます。
体調崩さないように気をつけますね。
Posted by たかママ at 2009年08月31日 00:26
**さっちーさん

私もその3行のところは何度も号泣しました。
そしてすごく救われました。
たかはもしかしてほんとにそう思ってたのかもしれないなって。
私もまだ「ありがとう」と言えないけど、
いつかちゃんとたかにお礼を言えるようにがんばらないと。
やっぱりつらいですけどね。
Posted by たかママ at 2009年08月31日 00:26
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